完璧が度を越して救急車で運ばれた話
2016/02/21
エビリファイのお陰なのか、だいぶ動けるようになった私。
そうすると、今まで出来なかった色んな事が急に気になりだし、今度は「全てをきちんとやらなければ」という義務感に押し潰されそうになります。
溜まっていた洗濯物はもちろん、カレーの作り置きもしたいし、掃除もしたい。お風呂も洗ってない。
…とにかく、動けない間一番気になっていた汚い部屋が急に気になりだし、4時間もかけて大掃除しました(年末か)
それが済むと物凄い勢いであちこち切れている物を買い出しに出かけ、帰宅した頃はへとへとになっていました。
それでも休まず、今度は料理にとりかかり、気がつけばもう夕方でした。
仕事を辞めて家に居るようになってから実感しているのですが、「家事」って大変だなあ…。
私は家事もろくにできない「無職主婦」ですが、これを完璧にこなしている方には本当に頭が下がります。
うちは夫婦ふたりなので大した家事の量でもないのですが、それでも毎日毎日こなさなければならない事は沢山あります。
仕事をしながら子育てしている兼業主婦の方って、ほんとに今の私から言えば、「神の領域」です。
けれども自分も昔は、子供はいませんがずっと兼業主婦だった訳です。
その頃のことを思うと、私ではなく誰か別人のことを思い出しているような違和感を感じます。
もう、あんな生活は到底無理だと思っています。
結婚した当初、籍だけ先に入れてダンナと同居を始め、結婚式は後でした。
その頃も私は仕事をしていたのですが、なんと往復3時間かかるところまで通勤していたのです。
仕事内容はCADのオペレーターや、PCの入力などでそう多忙を極める職場ではなかったのですが、なんとも通勤が辛かったのを覚えています。
それでも私は例によって、早朝暗いうちに起き出し、ダンナの分と二人分お弁当を作り、職場で朝一番に出社していました。
そして仕事が終わると飛んで帰って、きちんとした夕飯を作るのです。
(当たり前のことなんですが、今の私からしたら奇跡です)
しかも、ハンバーグをいちからこねて作ったり、揚げ物を作ったり、本で見た美味しそうな料理に挑戦してみたりと毎日毎日それはまめに料理していました。
まあ、新婚なんでやる気満々な訳ですね(笑)
その他の家事も毎日予定を立てて完璧にこなし、部屋は毎日掃除を行き届かせて快適に仕上げ、残業などで時々予定がずれ込むと気になって仕方がありませんでした。
その頃だけのことではありませんが、今思うと、兼業主婦の頃は帰宅してからは時間との戦いでした。
いつも時計を見ていたような気がします。
そしてその合間に、結婚式の準備をするのです。
ダンナは昔から帰宅時間が遅くて、あまり家に居ず、結婚式の準備はほとんど一人でやりました。
招待客を決めるところから、席順、料理や引き出物選び、結婚のお祝いを頂いた方へのお返し、招待状の発送…披露宴にしても決めなくてはいけないことが山ほどあります。
双方の親からの問い合わせも頻繁にあります。
これを、長時間かけて通勤して仕事をし、帰宅してから家事を手を抜かずにこなし、それから夜中までかかって色々考え、眠る…。毎日がその繰り返しでした。
こんな訳で、心身ともに疲労困憊していたのだと思います。
ある日の夜中、信じられない胃の痛みで私は起こされました。
しばらくじっと我慢していたのですが、そのうち吐き気が止まらなくなり、トイレを往復すること数十回。
吐くものがなくなっても吐き気は治まらず、ついには悪寒と眩暈までして来ました。
これは尋常じゃないと何とかダンナを起こし、救急車を呼んでくれと頼んだのですが、ダンナはビビり、
「大丈夫だよ。もう少ししたら治まるよ。朝になったら病院行けばいいよ。」とかほざいてたような気がします。
しかしもう、私の意識はその頃朦朧としていて、これ以上吐いたら次は血へどを吐きそうな勢いでトイレに駆け込んでいました。
真夏のことだったので、咄嗟に「何か夕食で変なものでも食ったか?!」という考えが頭を過ったのですが、ダンナは何ともありません。
そうこうするうちに渋々とダンナが呼んでくれた救急車が到着し、私は病院へと運ばれました。
救急車の中で、受け入れてくれる病院がなかなかなく、隊員の人達が右往左往していたのが記憶にあります。
私はと言えば、その頃近所に「あそこに行くと殺される」という芳しくない噂のある病院があって、うわごとのように
「◯○病院だけはやめて~。あそこに行くと殺される~」
…としつこく言っていた気が。
隊員の人が、「あーハイハイ」と面倒臭げに答えていたそうです(笑)
こんな訳で私はそのまま数日入院し、あちこち検査をしたのですが、特に異常は見当たらず「急性胃腸炎」という診断に収まりました。(ダンナが着替えを持ってきてくれるまで、夏だったのでTシャツと短パンといういでたちで、病院内を検査のためにあちこち連れ回されて恥ずかしかったです)
今思うと、あれは過度なストレスによって、身体が悲鳴を上げた瞬間だったのでしょう。
昔から私は、この「何事も完璧に」やらないと気が済まない考え方の癖があります。
疲れているなら明日に回せばいい。
毎日やってることなんだから、たまにはのんびり休めばいい。
時には手を抜いて楽をする。
──そういったことが出来ないのです。
「やるなら徹底的に。完璧に。」
この考え方の癖はそれ以降も私を縛り付け、身体は今度は違う形で私に警告を発してきました。
それでも頑張ってしまい、今はこのていたらくです。
「休め」と言われても、何をしていいのか判らない私。
「休む」ことに罪悪感がある私。
良く考えると、時間に追われ、次々と手際よく自分の立てたスケジュールをこなして行く時の自分の方が、いちばん「自分らしい」気がするし、いちばん生き生きとしているような気がするのも事実なのです。
けれどもどうも身体の方は、それにはついて行けないようです。
うつになった今の状態でも、少し動けるようになるとこの「完璧癖」が、ひょこっとすぐに顔を出して来るのです。
「考え方の癖」を治すのは、私にとっては至難の業のようです。
ナチュラルローソンのグリーンスムージー。
最近ハマってる。わりと飲みやすくて美味しい。

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そうすると、今まで出来なかった色んな事が急に気になりだし、今度は「全てをきちんとやらなければ」という義務感に押し潰されそうになります。
溜まっていた洗濯物はもちろん、カレーの作り置きもしたいし、掃除もしたい。お風呂も洗ってない。
…とにかく、動けない間一番気になっていた汚い部屋が急に気になりだし、4時間もかけて大掃除しました(年末か)
それが済むと物凄い勢いであちこち切れている物を買い出しに出かけ、帰宅した頃はへとへとになっていました。
それでも休まず、今度は料理にとりかかり、気がつけばもう夕方でした。
仕事を辞めて家に居るようになってから実感しているのですが、「家事」って大変だなあ…。
私は家事もろくにできない「無職主婦」ですが、これを完璧にこなしている方には本当に頭が下がります。
うちは夫婦ふたりなので大した家事の量でもないのですが、それでも毎日毎日こなさなければならない事は沢山あります。
仕事をしながら子育てしている兼業主婦の方って、ほんとに今の私から言えば、「神の領域」です。
けれども自分も昔は、子供はいませんがずっと兼業主婦だった訳です。
その頃のことを思うと、私ではなく誰か別人のことを思い出しているような違和感を感じます。
もう、あんな生活は到底無理だと思っています。
結婚した当初、籍だけ先に入れてダンナと同居を始め、結婚式は後でした。
その頃も私は仕事をしていたのですが、なんと往復3時間かかるところまで通勤していたのです。
仕事内容はCADのオペレーターや、PCの入力などでそう多忙を極める職場ではなかったのですが、なんとも通勤が辛かったのを覚えています。
それでも私は例によって、早朝暗いうちに起き出し、ダンナの分と二人分お弁当を作り、職場で朝一番に出社していました。
そして仕事が終わると飛んで帰って、きちんとした夕飯を作るのです。
(当たり前のことなんですが、今の私からしたら奇跡です)
しかも、ハンバーグをいちからこねて作ったり、揚げ物を作ったり、本で見た美味しそうな料理に挑戦してみたりと毎日毎日それはまめに料理していました。
まあ、新婚なんでやる気満々な訳ですね(笑)
その他の家事も毎日予定を立てて完璧にこなし、部屋は毎日掃除を行き届かせて快適に仕上げ、残業などで時々予定がずれ込むと気になって仕方がありませんでした。
その頃だけのことではありませんが、今思うと、兼業主婦の頃は帰宅してからは時間との戦いでした。
いつも時計を見ていたような気がします。
そしてその合間に、結婚式の準備をするのです。
ダンナは昔から帰宅時間が遅くて、あまり家に居ず、結婚式の準備はほとんど一人でやりました。
招待客を決めるところから、席順、料理や引き出物選び、結婚のお祝いを頂いた方へのお返し、招待状の発送…披露宴にしても決めなくてはいけないことが山ほどあります。
双方の親からの問い合わせも頻繁にあります。
これを、長時間かけて通勤して仕事をし、帰宅してから家事を手を抜かずにこなし、それから夜中までかかって色々考え、眠る…。毎日がその繰り返しでした。
こんな訳で、心身ともに疲労困憊していたのだと思います。
ある日の夜中、信じられない胃の痛みで私は起こされました。
しばらくじっと我慢していたのですが、そのうち吐き気が止まらなくなり、トイレを往復すること数十回。
吐くものがなくなっても吐き気は治まらず、ついには悪寒と眩暈までして来ました。
これは尋常じゃないと何とかダンナを起こし、救急車を呼んでくれと頼んだのですが、ダンナはビビり、
「大丈夫だよ。もう少ししたら治まるよ。朝になったら病院行けばいいよ。」とかほざいてたような気がします。
しかしもう、私の意識はその頃朦朧としていて、これ以上吐いたら次は血へどを吐きそうな勢いでトイレに駆け込んでいました。
真夏のことだったので、咄嗟に「何か夕食で変なものでも食ったか?!」という考えが頭を過ったのですが、ダンナは何ともありません。
そうこうするうちに渋々とダンナが呼んでくれた救急車が到着し、私は病院へと運ばれました。
救急車の中で、受け入れてくれる病院がなかなかなく、隊員の人達が右往左往していたのが記憶にあります。
私はと言えば、その頃近所に「あそこに行くと殺される」という芳しくない噂のある病院があって、うわごとのように
「◯○病院だけはやめて~。あそこに行くと殺される~」
…としつこく言っていた気が。
隊員の人が、「あーハイハイ」と面倒臭げに答えていたそうです(笑)
こんな訳で私はそのまま数日入院し、あちこち検査をしたのですが、特に異常は見当たらず「急性胃腸炎」という診断に収まりました。(ダンナが着替えを持ってきてくれるまで、夏だったのでTシャツと短パンといういでたちで、病院内を検査のためにあちこち連れ回されて恥ずかしかったです)
今思うと、あれは過度なストレスによって、身体が悲鳴を上げた瞬間だったのでしょう。
昔から私は、この「何事も完璧に」やらないと気が済まない考え方の癖があります。
疲れているなら明日に回せばいい。
毎日やってることなんだから、たまにはのんびり休めばいい。
時には手を抜いて楽をする。
──そういったことが出来ないのです。
「やるなら徹底的に。完璧に。」
この考え方の癖はそれ以降も私を縛り付け、身体は今度は違う形で私に警告を発してきました。
それでも頑張ってしまい、今はこのていたらくです。
「休め」と言われても、何をしていいのか判らない私。
「休む」ことに罪悪感がある私。
良く考えると、時間に追われ、次々と手際よく自分の立てたスケジュールをこなして行く時の自分の方が、いちばん「自分らしい」気がするし、いちばん生き生きとしているような気がするのも事実なのです。
けれどもどうも身体の方は、それにはついて行けないようです。
うつになった今の状態でも、少し動けるようになるとこの「完璧癖」が、ひょこっとすぐに顔を出して来るのです。
「考え方の癖」を治すのは、私にとっては至難の業のようです。
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最近ハマってる。わりと飲みやすくて美味しい。

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