やわらかな心
2016/07/31
梅雨が明け、地獄のような暑さです。
息苦しい熱い空気、焼けたアスファルト、夏休みで人出の多い街、電車の中。
拭いても拭いても滲み出して来る汗の玉、鬱陶しい西日…。
全てが嫌でたまりません。
夏で良いことは、洗濯物が速く乾くことくらいかなあ…。
何といっても一番嫌なのはセミです。
私、セミが大っ嫌いなんですよ。
うちのマンションは近くに木も多いためによく、朝ベランダで力尽きたセミの死骸がゴロゴロしているのです。死んだと思っているといきなりジャジャジャ…!と瀕死の声で鳴き出しのたうち回る(セミ爆弾と呼んでいる)に悲鳴を上げ、そのたびダンナにお願いして処理して貰っています。
ミンミンシャワシャワと頭上から降るようなセミの声がしている樹々の下にある道などは恐ろしくて小走りで駆け抜けます。
すでに何回も書いてると思うのですが、私は「夏」と言う季節が大変苦手で、毎年調子も悪くなります。
今私は、「不安神経症」(現在では『神経症』という用語はすでに正式な診断名としては使われなくなっており、従来の不安神経症にあたる診断名は、現在では急性・突発性の不安症状が特徴の『パニック障害』か、慢性の不安症状が長く続く『全般性不安障害』という言い方をするそうですが、私の場合はどちらも当てはまります)の症状が酷く、何かにつけて「不安」に思う気持ちが毎日消えません。
具体的に羅列するとバカみたいなのですが、
「エアコンやテレビが壊れるのではないか」
「またPCが入院するんじゃないか」
「毎日ダンナが無事に帰ってくるかどうか」
「水道の蛇口が壊れるんじゃないか」
「ちいやももの具合が悪くなるんじゃないか」
…等々、根拠もない不安感で落ち着かなくなり、部屋中をうろうろと歩き回ったり酷い時は動悸が止まらず、慌ててデパスやソラナックスを口に放り込む状態です。
ダンナの手術の一件からちょっと悪化してしまったようで、これでは就活も当分出来そうにありません。
不安感に振り回されている間は何にも集中出来ないのですが、最近頑張って(?)映画を観るようになりました。
映画館に行くなどはとんでもないので、借りて来て家で観ています。
それでも一本通しで一気に観られることはまずありません。
観ている途中でもぞもぞと上の空で落ち着かなくなり、一旦止めて別のことをしたり、急に気になって仕方がなくなった家事をしたりして、落ち着いた頃また再開させて観る…という、感動もへったくれもない「コマギレ観賞」というやり方です。
それでも一本観終えることは何とかできるようになって来ました。
最近借りて来て観たのは、「信長協奏曲」「さらばあぶない刑事」「残穢」……などなど。あと、ずっと録り貯めていて観ていなかった映画、ドラマやバラエティなどを観ています。
バラエティは「ながら観」でも大丈夫なので割と気軽に時間が殺せて便利です。
けれども思うのですが、これは「うつ」だからということだけではなく、年齢など他の要因もあるのでしょうが、最近何を観ても「感動する」「引き込まれる」ということがとても少なくなりました。
若い頃は映画が好きでよく観に行っていたのですが、感動して号泣したり、その映画の内容がいつまでも心の中にこびり付いて残り、頭の中で何度も再生させてはまた感銘したりと、物凄く映画やドラマを「大事に咀嚼して観ていた」気がするのです。
まあ観る映画の内容にもよるのでしょうが、現在の私は映画を観ていても、ただ内容を追うばかりで上滑りな観方をしている気がしてなりません。
感動して同じ映画を何度も観ることも無くなりました。
これって何なんでしょうかね。
若い頃に比べると、何だか心がやわらかくなくなった、頑なになった気がするのです。
色んなことを経験していくうちに、心の中の柔軟な繊細な部分がどんどん少なくなって行くような、そんな気持ちがしています。
ダンナがまた例の「ラーメンセット」をもらってきた!
有難いけど、作るの辛いのでもうホント泣きたいよ……。

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息苦しい熱い空気、焼けたアスファルト、夏休みで人出の多い街、電車の中。
拭いても拭いても滲み出して来る汗の玉、鬱陶しい西日…。
全てが嫌でたまりません。
夏で良いことは、洗濯物が速く乾くことくらいかなあ…。
何といっても一番嫌なのはセミです。
私、セミが大っ嫌いなんですよ。
うちのマンションは近くに木も多いためによく、朝ベランダで力尽きたセミの死骸がゴロゴロしているのです。死んだと思っているといきなりジャジャジャ…!と瀕死の声で鳴き出しのたうち回る(セミ爆弾と呼んでいる)に悲鳴を上げ、そのたびダンナにお願いして処理して貰っています。
ミンミンシャワシャワと頭上から降るようなセミの声がしている樹々の下にある道などは恐ろしくて小走りで駆け抜けます。
すでに何回も書いてると思うのですが、私は「夏」と言う季節が大変苦手で、毎年調子も悪くなります。
今私は、「不安神経症」(現在では『神経症』という用語はすでに正式な診断名としては使われなくなっており、従来の不安神経症にあたる診断名は、現在では急性・突発性の不安症状が特徴の『パニック障害』か、慢性の不安症状が長く続く『全般性不安障害』という言い方をするそうですが、私の場合はどちらも当てはまります)の症状が酷く、何かにつけて「不安」に思う気持ちが毎日消えません。
具体的に羅列するとバカみたいなのですが、
「エアコンやテレビが壊れるのではないか」
「またPCが入院するんじゃないか」
「毎日ダンナが無事に帰ってくるかどうか」
「水道の蛇口が壊れるんじゃないか」
「ちいやももの具合が悪くなるんじゃないか」
…等々、根拠もない不安感で落ち着かなくなり、部屋中をうろうろと歩き回ったり酷い時は動悸が止まらず、慌ててデパスやソラナックスを口に放り込む状態です。
ダンナの手術の一件からちょっと悪化してしまったようで、これでは就活も当分出来そうにありません。
不安感に振り回されている間は何にも集中出来ないのですが、最近頑張って(?)映画を観るようになりました。
映画館に行くなどはとんでもないので、借りて来て家で観ています。
それでも一本通しで一気に観られることはまずありません。
観ている途中でもぞもぞと上の空で落ち着かなくなり、一旦止めて別のことをしたり、急に気になって仕方がなくなった家事をしたりして、落ち着いた頃また再開させて観る…という、感動もへったくれもない「コマギレ観賞」というやり方です。
それでも一本観終えることは何とかできるようになって来ました。
最近借りて来て観たのは、「信長協奏曲」「さらばあぶない刑事」「残穢」……などなど。あと、ずっと録り貯めていて観ていなかった映画、ドラマやバラエティなどを観ています。
バラエティは「ながら観」でも大丈夫なので割と気軽に時間が殺せて便利です。
けれども思うのですが、これは「うつ」だからということだけではなく、年齢など他の要因もあるのでしょうが、最近何を観ても「感動する」「引き込まれる」ということがとても少なくなりました。
若い頃は映画が好きでよく観に行っていたのですが、感動して号泣したり、その映画の内容がいつまでも心の中にこびり付いて残り、頭の中で何度も再生させてはまた感銘したりと、物凄く映画やドラマを「大事に咀嚼して観ていた」気がするのです。
まあ観る映画の内容にもよるのでしょうが、現在の私は映画を観ていても、ただ内容を追うばかりで上滑りな観方をしている気がしてなりません。
感動して同じ映画を何度も観ることも無くなりました。
これって何なんでしょうかね。
若い頃に比べると、何だか心がやわらかくなくなった、頑なになった気がするのです。
色んなことを経験していくうちに、心の中の柔軟な繊細な部分がどんどん少なくなって行くような、そんな気持ちがしています。
ダンナがまた例の「ラーメンセット」をもらってきた!
有難いけど、作るの辛いのでもうホント泣きたいよ……。

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我、人混みの中に突入す
2016/07/26
7月24日(日) 曇り時々晴れ
早いものでダンナの検査結果が出てから一週間経ってしまった。
大事には至らなかったので、何事もなかったかのように元通りの日々を送っている。
友人に、「何か元気なくなりそうな時は、今回の落ち込みの日々を思い出して、それよりマシだと精神を安定させて欲しいなぁ…と思ってる」と言われ、本当にその通りだと実感。
ダンナががんだったら、今頃こんな状況ではいられなかったはずだ。
自分の調子は相変わらずいまひとつだが、今のこの安定した日々に感謝したい。
ところでだいぶ前の話になるが、ダンナが会社で表彰されて、六本木のグランドハイアット東京で使えるというサティフィケート(食事券)を貰ってきた。
普段、足を踏み入れることなどないであろう高級レストランでタダで食事ができるのだ。
今回、もしも結果がなんでもなかったらこれを使って食事に行こうと言っていたのだが、私は正直言ってあまり気が進まなかった。
高級料理がタダ…というのには魅力を感じるが、なぜわざわざ食事するために電車を乗り継ぎ六本木まで行かねばならないのか。しかも人の多い休日に…。
それだけでも私には相当の苦痛である。
「その券、売っちゃおうよ」という言葉を喉もとで何度も飲み込んだか判らない。
しかしダンナは超乗り気である。
前日からiPadでどんな店があるのか、果てはメニューまで調べていた。
当日、渋々私はデパスを二錠流し込んで出かけた。
昼間は一度に飲むのは二錠までと決められているのだ。
案の定、電車も街なかも人で溢れ返っている。
夏休みに突入したので小さな子供の姿が多く見受けられ、所々で奇声を上げている。
それとポケモン効果で、至る所でスマホから目を離さずに、ふらふらと歩く人々…(私もやるけど、歩きながらは怖くてできない)様々なざわめきが大波のようにどわっと一気に押し寄せてきて、私はめまいがし、ダンナの後を付いていくのが精一杯で人混みに揉まれて六本木へと向かった。
六本木ヒルズの混みようと言ったらもう想定外だった。
あちこちでイベントをやっていて、あっちにも行列、こっちにも行列。
トイレに行くにも大渋滞。
泣き叫ぶ子供、走り回る子供、スマホを手にした人のかたまり。
進みたくても進めない。私は早くも来たことを後悔したが、もう遅い。
毎年の初詣に匹敵する混雑ぶりだった。
ふらふらになりながら、グランドハイアットまでどうやら辿り着き、高級鉄板焼きの店で、恐らく人生最初で最後であろう、一番高いコース料理を食した。
目の前でシェフが次々に鮮やかな手さばきで食材を焼いてくれ、盛り付けてくれるのを食すのであるが、私もダンナも店の雰囲気に押され、無口であった。
出された皿をただ黙々と空にしていく二人…。小市民は緊張で味わうどころではない。
隣の席では小学生くらいの子供が親と来ていて、「ミディアムレア」などと口にしている。あんな年頃からこんな店に出入りしていたら、舌が肥えてしまって仕方がないだろうに…とか要らぬ心配をしてしまった。
以下、自分の記念用。見ても面白くないですよね、すんません。
アミューズ(何だか忘れちゃった)
![1469511772511[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/20160726153642a74s.jpg)
フォアグラのソテー フルーツキャラメリゼ
フォアグラ初めて食べたけど、うーん?
![1469511759238[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/20160726153641e0as.jpg)
ホタテ貝のサラダ仕立てオニオンソース
![1469511747409[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/201607261536409c6s.jpg)
黒毛和牛サーロインと焼き野菜
肉が小さいけど(笑)とろける
![1469511708105[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/20160726153432ee2s.jpg)
牛肉とアスパラガス入りガーリックライス
これに赤だしのお味噌汁と香の物がつく
![1469511697329[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/20160726153431031s.jpg)
席をテラスに移され、そこでデザートとコーヒー
フルーツセリーバニラアイスクリーム添え
![1469511686468[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/201607261534308c7s.jpg)
食事のあと、ダンナが喫煙所で一服しながら恐ろしいことを言い出した。
「テレ朝でなんかやってるから行ってみよう」
──ひいぃ!冗談じゃない!
テレ朝の夏祭りとやらで、六本木ヒルズにもドラえもんが増殖し、写真を撮る人で溢れ返っているというのにその中枢に自ら行こうと言うのである。
ダンナは昔からイベントとか人混みとかあまり苦にならないタイプの人間で、一緒に歩いていても人だかりがあると必ず寄っていくので、普段から私は実は閉口している。
ぐらぐらとよろめきかけたが、ダンナもここのところ面倒な検査とか手術とか、結果を待つ恐怖とか諸々味わってやっとすっきり物事を楽しめる状態になったんだと思うと、無下に断れなくなってしまった。
仕方なく、上機嫌のダンナを追って人混みの中に意を決して突入する私。
……しばらくはもう、人混みには行きたくない気分である。
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早いものでダンナの検査結果が出てから一週間経ってしまった。
大事には至らなかったので、何事もなかったかのように元通りの日々を送っている。
友人に、「何か元気なくなりそうな時は、今回の落ち込みの日々を思い出して、それよりマシだと精神を安定させて欲しいなぁ…と思ってる」と言われ、本当にその通りだと実感。
ダンナががんだったら、今頃こんな状況ではいられなかったはずだ。
自分の調子は相変わらずいまひとつだが、今のこの安定した日々に感謝したい。
ところでだいぶ前の話になるが、ダンナが会社で表彰されて、六本木のグランドハイアット東京で使えるというサティフィケート(食事券)を貰ってきた。
普段、足を踏み入れることなどないであろう高級レストランでタダで食事ができるのだ。
今回、もしも結果がなんでもなかったらこれを使って食事に行こうと言っていたのだが、私は正直言ってあまり気が進まなかった。
高級料理がタダ…というのには魅力を感じるが、なぜわざわざ食事するために電車を乗り継ぎ六本木まで行かねばならないのか。しかも人の多い休日に…。
それだけでも私には相当の苦痛である。
「その券、売っちゃおうよ」という言葉を喉もとで何度も飲み込んだか判らない。
しかしダンナは超乗り気である。
前日からiPadでどんな店があるのか、果てはメニューまで調べていた。
当日、渋々私はデパスを二錠流し込んで出かけた。
昼間は一度に飲むのは二錠までと決められているのだ。
案の定、電車も街なかも人で溢れ返っている。
夏休みに突入したので小さな子供の姿が多く見受けられ、所々で奇声を上げている。
それとポケモン効果で、至る所でスマホから目を離さずに、ふらふらと歩く人々…(私もやるけど、歩きながらは怖くてできない)様々なざわめきが大波のようにどわっと一気に押し寄せてきて、私はめまいがし、ダンナの後を付いていくのが精一杯で人混みに揉まれて六本木へと向かった。
六本木ヒルズの混みようと言ったらもう想定外だった。
あちこちでイベントをやっていて、あっちにも行列、こっちにも行列。
トイレに行くにも大渋滞。
泣き叫ぶ子供、走り回る子供、スマホを手にした人のかたまり。
進みたくても進めない。私は早くも来たことを後悔したが、もう遅い。
毎年の初詣に匹敵する混雑ぶりだった。
ふらふらになりながら、グランドハイアットまでどうやら辿り着き、高級鉄板焼きの店で、恐らく人生最初で最後であろう、一番高いコース料理を食した。
目の前でシェフが次々に鮮やかな手さばきで食材を焼いてくれ、盛り付けてくれるのを食すのであるが、私もダンナも店の雰囲気に押され、無口であった。
出された皿をただ黙々と空にしていく二人…。小市民は緊張で味わうどころではない。
隣の席では小学生くらいの子供が親と来ていて、「ミディアムレア」などと口にしている。あんな年頃からこんな店に出入りしていたら、舌が肥えてしまって仕方がないだろうに…とか要らぬ心配をしてしまった。
以下、自分の記念用。見ても面白くないですよね、すんません。
アミューズ(何だか忘れちゃった)
![1469511772511[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/20160726153642a74s.jpg)
フォアグラのソテー フルーツキャラメリゼ
フォアグラ初めて食べたけど、うーん?
![1469511759238[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/20160726153641e0as.jpg)
ホタテ貝のサラダ仕立てオニオンソース
![1469511747409[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/201607261536409c6s.jpg)
黒毛和牛サーロインと焼き野菜
肉が小さいけど(笑)とろける
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牛肉とアスパラガス入りガーリックライス
これに赤だしのお味噌汁と香の物がつく
![1469511697329[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/20160726153431031s.jpg)
席をテラスに移され、そこでデザートとコーヒー
フルーツセリーバニラアイスクリーム添え
![1469511686468[1]](https://blog-imgs-95-origin.fc2.com/c/h/i/chillmyu/201607261534308c7s.jpg)
食事のあと、ダンナが喫煙所で一服しながら恐ろしいことを言い出した。
「テレ朝でなんかやってるから行ってみよう」
──ひいぃ!冗談じゃない!
テレ朝の夏祭りとやらで、六本木ヒルズにもドラえもんが増殖し、写真を撮る人で溢れ返っているというのにその中枢に自ら行こうと言うのである。
ダンナは昔からイベントとか人混みとかあまり苦にならないタイプの人間で、一緒に歩いていても人だかりがあると必ず寄っていくので、普段から私は実は閉口している。
ぐらぐらとよろめきかけたが、ダンナもここのところ面倒な検査とか手術とか、結果を待つ恐怖とか諸々味わってやっとすっきり物事を楽しめる状態になったんだと思うと、無下に断れなくなってしまった。
仕方なく、上機嫌のダンナを追って人混みの中に意を決して突入する私。
……しばらくはもう、人混みには行きたくない気分である。
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入浴がホントに辛い
2016/07/21
Win10になってからというもの、愛機の調子が思わしくありません。更新プログラムのインストールをするたびにどこかがおかしくなり、もう何回修理に出したことか。10と相性が悪いのでしょうか。
今回は例によってインストールをした後に、何故かキーボードがおかしくなりました。タイピングすると、そのキーの文字ではない他の英数字の羅列が一気にドバーッと出てしまって、私は何語を打ってるんだという感じです。
修理の窓口のお兄さんも首をひねって「こんなの初めて見ました」とか言ってる始末です。
…と言う訳で、愛機はまたも入院中な訳ですが、ほんとにPCの不調はテンションが下がります。モバイルPCの方で今これを書いているのですが、もう何もかもがミニマムで老眼にはキツイです(笑)
ダンナのことが一件落着(?)した後も、脱力感と億劫感がまるで抜けません。
燃え尽き症候群のようになってしまって、昼間一人で家にいても何もする気がおきません。ダンナに頼まれてしぶしぶ街に出て、買い続けている漫画の新刊を二冊買って来たのですが、読む気力もなく放置したままです。
どうやら私、物事を「不安」として考える癖のようなものがついてしまったみたいなのです。
ふとした時に、根拠もないことが急に不安になってしまって(今度は自室のエアコンが壊れるんじゃないかとか、もものお腹の調子が悪くなるんじゃないかとか……云々)悶々と意味もなく無性に気になり、何も手につかなくなったりしています。
家の中をぐるぐると歩き回る癖も治りません。
主治医には「少し薬を増薬したままにして様子を見ましょう。」と言われ、トボトボとまたソラナックスももらって帰ってきました。
ソラナックスのいいところは、デパスと合わせて就寝前に飲むととてもよく眠れるところです。
最近は何をするのも億劫なので、以前のように夜遅い時間までPCに向かうこともあまりなくなり、ダラダラとテレビをながら見して10時半にはベッドに入るという規則正しい睡眠生活を送っているのですが、朝がいけません。気怠くて起き上がれないのです。
ちいももの世話が億劫で嫌で(ちいもも許せ)、なかなか取り掛かれないのです。
通常であれば7時には家を出るダンナを見送り、それまでにはちいもものケージの掃除をすませていなければいけないのに(またも自分ルール化していますが)、この頃はダンナの出勤した後にもそもそと起きだし、ようやっと世話を始める生活になってしまいました。
ふたりともお腹を空かせているのでちいは騒ぐし、ももにはとうとう先日スタンピング(うさぎは怒ると後ろ足をダンダン踏み鳴らすのです)をされてしまいました。
しかし。
以前にも書いたかもしれませんが、日常の生活の中で私にとって最大の難関は「入浴」です。
これが毎日本当に億劫で億劫でたまりません。
冬ならば入浴しない日があってもまあいいやで済むのですが、汗だくになる夏だとそうはいきません。特に髪を洗うのが億劫で億劫でたまらず、夕方になるとブルーな気持ちが襲って来るくらいなのです。
汗でべとべとな髪も毎日洗わないとそれはそれで気持ちが悪いし(気持ちが悪い…という感情が戻ってきただけ、まだましになったのだと思いますが)、エイヤッと決死の覚悟で髪をシャワーで濡らし始めます。
もう、シャンプーとブローだけでも毎日美容院に行きたいくらい嫌です。
美容院もまた億劫なのですが、入浴の億劫さに比べたらまだましです。
最近はあまりに入浴が苦痛なので「嫌なことは早く済ませたい」一心で、昼間の2時とか3時という日がまだ高い時間帯に入浴するようになりました。
それでまた汗をかくという、不毛な生活を送っています。
でもまあ、一日に一回入浴出来れば何時でもいいやと思っているので、良しとしています。
仕事をしていた頃は、夜の7時くらいに帰宅して食事を作り、洗濯をし、そして唯一の「楽しみ」であった入浴をしていました。
髪も身体も念入りに洗い、風呂上がりにもきちんと手入れをしていましたが、今はもう髪はガシガシと適当に洗い、自然乾燥。身体は石鹸を泡立てて乱暴に擦りまくるだけという、それこそ「カラスの行水」状態です。
うつの人にとって「入浴」はハードルが高いと聞きますが、身をもって実感しています。
いつになったら、以前のように入浴が「楽しみ」に戻るのかな…。
そんなことを風呂上りに扇風機で髪を乾かしながら(ドライヤーも億劫)ぼおっと考えている私です。
マイペースにクッションと戯れるもも

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今回は例によってインストールをした後に、何故かキーボードがおかしくなりました。タイピングすると、そのキーの文字ではない他の英数字の羅列が一気にドバーッと出てしまって、私は何語を打ってるんだという感じです。
修理の窓口のお兄さんも首をひねって「こんなの初めて見ました」とか言ってる始末です。
…と言う訳で、愛機はまたも入院中な訳ですが、ほんとにPCの不調はテンションが下がります。モバイルPCの方で今これを書いているのですが、もう何もかもがミニマムで老眼にはキツイです(笑)
ダンナのことが一件落着(?)した後も、脱力感と億劫感がまるで抜けません。
燃え尽き症候群のようになってしまって、昼間一人で家にいても何もする気がおきません。ダンナに頼まれてしぶしぶ街に出て、買い続けている漫画の新刊を二冊買って来たのですが、読む気力もなく放置したままです。
どうやら私、物事を「不安」として考える癖のようなものがついてしまったみたいなのです。
ふとした時に、根拠もないことが急に不安になってしまって(今度は自室のエアコンが壊れるんじゃないかとか、もものお腹の調子が悪くなるんじゃないかとか……云々)悶々と意味もなく無性に気になり、何も手につかなくなったりしています。
家の中をぐるぐると歩き回る癖も治りません。
主治医には「少し薬を増薬したままにして様子を見ましょう。」と言われ、トボトボとまたソラナックスももらって帰ってきました。
ソラナックスのいいところは、デパスと合わせて就寝前に飲むととてもよく眠れるところです。
最近は何をするのも億劫なので、以前のように夜遅い時間までPCに向かうこともあまりなくなり、ダラダラとテレビをながら見して10時半にはベッドに入るという規則正しい睡眠生活を送っているのですが、朝がいけません。気怠くて起き上がれないのです。
ちいももの世話が億劫で嫌で(ちいもも許せ)、なかなか取り掛かれないのです。
通常であれば7時には家を出るダンナを見送り、それまでにはちいもものケージの掃除をすませていなければいけないのに(またも自分ルール化していますが)、この頃はダンナの出勤した後にもそもそと起きだし、ようやっと世話を始める生活になってしまいました。
ふたりともお腹を空かせているのでちいは騒ぐし、ももにはとうとう先日スタンピング(うさぎは怒ると後ろ足をダンダン踏み鳴らすのです)をされてしまいました。
しかし。
以前にも書いたかもしれませんが、日常の生活の中で私にとって最大の難関は「入浴」です。
これが毎日本当に億劫で億劫でたまりません。
冬ならば入浴しない日があってもまあいいやで済むのですが、汗だくになる夏だとそうはいきません。特に髪を洗うのが億劫で億劫でたまらず、夕方になるとブルーな気持ちが襲って来るくらいなのです。
汗でべとべとな髪も毎日洗わないとそれはそれで気持ちが悪いし(気持ちが悪い…という感情が戻ってきただけ、まだましになったのだと思いますが)、エイヤッと決死の覚悟で髪をシャワーで濡らし始めます。
もう、シャンプーとブローだけでも毎日美容院に行きたいくらい嫌です。
美容院もまた億劫なのですが、入浴の億劫さに比べたらまだましです。
最近はあまりに入浴が苦痛なので「嫌なことは早く済ませたい」一心で、昼間の2時とか3時という日がまだ高い時間帯に入浴するようになりました。
それでまた汗をかくという、不毛な生活を送っています。
でもまあ、一日に一回入浴出来れば何時でもいいやと思っているので、良しとしています。
仕事をしていた頃は、夜の7時くらいに帰宅して食事を作り、洗濯をし、そして唯一の「楽しみ」であった入浴をしていました。
髪も身体も念入りに洗い、風呂上がりにもきちんと手入れをしていましたが、今はもう髪はガシガシと適当に洗い、自然乾燥。身体は石鹸を泡立てて乱暴に擦りまくるだけという、それこそ「カラスの行水」状態です。
うつの人にとって「入浴」はハードルが高いと聞きますが、身をもって実感しています。
いつになったら、以前のように入浴が「楽しみ」に戻るのかな…。
そんなことを風呂上りに扇風機で髪を乾かしながら(ドライヤーも億劫)ぼおっと考えている私です。
マイペースにクッションと戯れるもも

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外へ出てみようと再び思い始めた
2016/07/18
ダンナの検査結果が出ました。
この日まで、本当に一日千秋…長かったです。
当日になったら、結果がどうであれ「もう『待つ』ことから解放されるんだ」という、不思議な安堵感がありました。
ダンナはまた例によって仕事を抜けてくるというので、ふたりで病院で待ち合わせです。
いつもはそうでもないのにその日に限って病院は凄い混雑で、私はそれだけで気分が悪くなりそうだったので、病院の売店で水を買ってデパスを流し込みました。
待ち時間が非常に長く、予約時間も軽くオーバーしています。
こういう時間が不安神経症の私には一番酷で、パニック発作が出そうになるのを何とか気を紛らわして堪えていました。
いつもそうなのですが、極度に緊張すると私は手が震えるのです。
旅行で朝のラッシュにぶつかった時と同じように、私の両手は震えていました。
……結果はふたつとったポリープの両方とも良性でした。
ただちょっと大きさがあったので深めにえぐって取ったとのこと。
細胞検査では異常がなかったそうです。
私は診察室を出ると嬉しくて、ダンナの肩をばんばん叩いてしまいました(笑)
ダンナは照れているのか、「ガンだったら会社辞めてあちこち旅行したのに」などとまだほざいていました。
ダンナと別れた後、帰宅した私は肩から背中にかけて重くてたまらず、それから2、3日は全く動けない状態になってしまいました。
余程のストレスだったのだと思われます。
ダンナが大腸にポリープがあると診断されてから、私の調子はガタガタでした。
この2ヶ月間、ずっと緊張しながら日々を送っているようなものでした。
主治医にも頓服でソラナックスを追加されてしまいました。
「彼がもし、がんだったら、この先どうしたらいいのだろう」
頭の中を占めるのはそのことのみ。
物事を悪いほうに悪いほうに考えてしまい、すべての事象が「彼ががんである」ことを指しているような気がして居てもたってもいられませんでした。
主治医に「人の体験談とかネットで見ては駄目だよ。人それぞれ違うんだから、それでまた不安になっちゃうから」と言われたのですがついつい見てしまって、ダンナの状態と比べて一喜一憂したりしていました。
ろくに家事も出来ず、彼に偏った食生活を強いている自分を責めたり、もう色々考えすぎて、私の脳は疲労困憊してしまい、日常のことがなにひとつ満足に出来なくなったりもしてしまいました。
今回のことに限りませんが、「結果」はいつも決められていて、私たちはそれを聞くのを待つことしか出来ません。
あれこれと予想して悩んでも全ては無駄なのです。
頭では判っているのです。
けれどもだからといって「なるようになるさ」と開き直ることがなかなか難しい小心者の私です。
元より、そういう風にできる性格であったなら、うつ病なんかにならなかった訳ですし。
私はうつ病と診断されてからもう3年になります。
その間家にこもって療養していた訳ですが、仕事をすることもなく療養に専念できたのはダンナのおかげなんだと今回のことで改めて彼に感謝の気持ちを感じました。
調子が悪くて辛いことも沢山あるけれど、こうして非生産的な堕落した毎日を望まずも送っているけれど、それが毎日できるということは実は幸せなことなのだと。
自分は恵まれているのだと心からそう思います。
けれども今回のことは私の中で警鐘を鳴らす結果となりました。
今回は幸運にも大事には至りませんでしたが、これからもこういうことがあるかもしれないのです。
もしも彼に何かあった場合、私だけではどうすることもできないのだと改めて思い知ったのです。
うつの「寛解」とはどういう状態をいうのでしょうか。
私には判りません。
けれども3年たって、私はもう一番酷い「急性期」を脱しているのは事実だと思います。
最初のころに比べれば、外出も億劫ながらも出来るようになったし、ちょっとした旅行も出来ました。
聴覚過敏には相変わらず悩まされていますが、パニック発作も頻繁に出ることはなくなりました。
今はまだ調子が安定せず、ふらふらとした足取りでよたつき歩いているような状態ですが、もう少し安定したら、就活を再開してみようと思っています。
経済的にというよりも(そんなに稼げない)、自分のためにです。
と言うのは、家にこもって「考える時間」が沢山あるということは、却って自分に良くないことのように思うようになってきたのです。
テレビにも読書にも集中できない私には、腐るほど時間がある事は却って酷で、良くないことのように感じ始めました。
元より、仕事も家事も分刻みでやることを決め、走り回っていた性分なので、脳を完全に空にして休ませるその仕方も眠る以外判らないのです。
これから新たにフルタイムの仕事…というのはもう無理なので、(年齢的にも体力的にも)例え少しでも外に出て無心で働く時間を作れたら…と思っています。
ブランクもあるし、自分に何ができるのか、どこまで自分のスキルが外で通用するのかも全く分かりません。不安で怖くて仕方がないです。
けれども、これもひとつのきっかけなのかもしれません。
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この日まで、本当に一日千秋…長かったです。
当日になったら、結果がどうであれ「もう『待つ』ことから解放されるんだ」という、不思議な安堵感がありました。
ダンナはまた例によって仕事を抜けてくるというので、ふたりで病院で待ち合わせです。
いつもはそうでもないのにその日に限って病院は凄い混雑で、私はそれだけで気分が悪くなりそうだったので、病院の売店で水を買ってデパスを流し込みました。
待ち時間が非常に長く、予約時間も軽くオーバーしています。
こういう時間が不安神経症の私には一番酷で、パニック発作が出そうになるのを何とか気を紛らわして堪えていました。
いつもそうなのですが、極度に緊張すると私は手が震えるのです。
旅行で朝のラッシュにぶつかった時と同じように、私の両手は震えていました。
……結果はふたつとったポリープの両方とも良性でした。
ただちょっと大きさがあったので深めにえぐって取ったとのこと。
細胞検査では異常がなかったそうです。
私は診察室を出ると嬉しくて、ダンナの肩をばんばん叩いてしまいました(笑)
ダンナは照れているのか、「ガンだったら会社辞めてあちこち旅行したのに」などとまだほざいていました。
ダンナと別れた後、帰宅した私は肩から背中にかけて重くてたまらず、それから2、3日は全く動けない状態になってしまいました。
余程のストレスだったのだと思われます。
ダンナが大腸にポリープがあると診断されてから、私の調子はガタガタでした。
この2ヶ月間、ずっと緊張しながら日々を送っているようなものでした。
主治医にも頓服でソラナックスを追加されてしまいました。
「彼がもし、がんだったら、この先どうしたらいいのだろう」
頭の中を占めるのはそのことのみ。
物事を悪いほうに悪いほうに考えてしまい、すべての事象が「彼ががんである」ことを指しているような気がして居てもたってもいられませんでした。
主治医に「人の体験談とかネットで見ては駄目だよ。人それぞれ違うんだから、それでまた不安になっちゃうから」と言われたのですがついつい見てしまって、ダンナの状態と比べて一喜一憂したりしていました。
ろくに家事も出来ず、彼に偏った食生活を強いている自分を責めたり、もう色々考えすぎて、私の脳は疲労困憊してしまい、日常のことがなにひとつ満足に出来なくなったりもしてしまいました。
今回のことに限りませんが、「結果」はいつも決められていて、私たちはそれを聞くのを待つことしか出来ません。
あれこれと予想して悩んでも全ては無駄なのです。
頭では判っているのです。
けれどもだからといって「なるようになるさ」と開き直ることがなかなか難しい小心者の私です。
元より、そういう風にできる性格であったなら、うつ病なんかにならなかった訳ですし。
私はうつ病と診断されてからもう3年になります。
その間家にこもって療養していた訳ですが、仕事をすることもなく療養に専念できたのはダンナのおかげなんだと今回のことで改めて彼に感謝の気持ちを感じました。
調子が悪くて辛いことも沢山あるけれど、こうして非生産的な堕落した毎日を望まずも送っているけれど、それが毎日できるということは実は幸せなことなのだと。
自分は恵まれているのだと心からそう思います。
けれども今回のことは私の中で警鐘を鳴らす結果となりました。
今回は幸運にも大事には至りませんでしたが、これからもこういうことがあるかもしれないのです。
もしも彼に何かあった場合、私だけではどうすることもできないのだと改めて思い知ったのです。
うつの「寛解」とはどういう状態をいうのでしょうか。
私には判りません。
けれども3年たって、私はもう一番酷い「急性期」を脱しているのは事実だと思います。
最初のころに比べれば、外出も億劫ながらも出来るようになったし、ちょっとした旅行も出来ました。
聴覚過敏には相変わらず悩まされていますが、パニック発作も頻繁に出ることはなくなりました。
今はまだ調子が安定せず、ふらふらとした足取りでよたつき歩いているような状態ですが、もう少し安定したら、就活を再開してみようと思っています。
経済的にというよりも(そんなに稼げない)、自分のためにです。
と言うのは、家にこもって「考える時間」が沢山あるということは、却って自分に良くないことのように思うようになってきたのです。
テレビにも読書にも集中できない私には、腐るほど時間がある事は却って酷で、良くないことのように感じ始めました。
元より、仕事も家事も分刻みでやることを決め、走り回っていた性分なので、脳を完全に空にして休ませるその仕方も眠る以外判らないのです。
これから新たにフルタイムの仕事…というのはもう無理なので、(年齢的にも体力的にも)例え少しでも外に出て無心で働く時間を作れたら…と思っています。
ブランクもあるし、自分に何ができるのか、どこまで自分のスキルが外で通用するのかも全く分かりません。不安で怖くて仕方がないです。
けれども、これもひとつのきっかけなのかもしれません。
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健常者のオーラ
2016/07/13
じめじめした毎日が続いています。
湿気が身体にまとわりついてくるような不快なこの季節は、うつに拍車をかけます。
かといって、早く梅雨明けして夏になれ…と言う訳ではないのですが。(夏大嫌い)
これからの季節は、しばらく自分の調子との戦いになります。
ところで「冬季うつ」と言う言葉は良く聞くけれど、「夏季うつ」っていうのもあるんですね。調べて初めて知りました。
それなら私は間違いなく「夏季うつ」です。
冬はどちらかと言えば調子が上がるのですが、夏になると恐ろしく調子が下降します。
「夏季うつ」は「夏バテ」と間違えられやすいようです。
私の場合、両方の相乗効果の様な気がしますけれども…。
さて、友人から久々にLINEが来て、「会えないか」と言われたのですが。
現在の私はとても、健常な人と会話を楽しめる状態ではありません。
億劫感が酷く、悪化してしまった不安神経症に悩まされ、ソラナックスを増薬されてしまいました。
それでも毎日午後になると言い知れぬ不安感に襲われ、ひとり戦っているのです。
取りあえずはダンナの検査結果が出るまでは何をしてもネガティブの海から浮かび上がって来ることは出来ないようです。
友人には軽く近況を伝え、今は無理なので涼しくなってから会おうということで落ち着きました。
会話が終り、ホッとする私です。
こうして忘れずに連絡をくれる…私との糸を絶たないでいてくれる存在が居ることは本当に有難いものです。感謝すべきなのに、今の私はLINEの返信をすることさえ億劫でたまりません。他人に会うために身支度して出かけるなど、心療内科に行くのも億劫な今の私にはハードルが高すぎます。
うつになり、家に引きこもるようになって丸3年が経ちました。
毎日言葉を交わすのは、ダンナか、マンションの管理人さんのみ。
なので身なりなんかも構わなくなりました。
どこに行くにもすっぴんは勿論、着ている洋服も毎日色褪せたTシャツ。
髪にもブラシを入れず、コンタクトレンズは消毒液の中で腐っています。
他人と会うとなると、格好にも気をつけないとならないので洋服を選ばなければならないし、化粧もしなくてはならない(心療内科に行く時だけは渋々化粧していますが、ほんとにもう、眉の書き方とか忘れてしまいました)、つまり「よそゆきの自分」に着替えなければいけない訳です。
考えただけで億劫で倒れそうになります。
そして多分、その億劫さの裏には、今の自分に自信が無く、友人に見られたくない気持ちがあるのだと思います。
毎日きちんと仕事をこなし、社会の一部に属して規則正しい生活を送っている友人に比べて、こっちは完璧にアウトロー。
小汚い格好をして、何ひとつ満足にこなせず、毎日毎日だらだらと不毛な日々を送っている私は、きっと仕事をしていた頃に比べて酷く変貌してしまっていると思うのです。(薬で太ったし…)
そんな姿を人前に晒す勇気が無いのかもしれません。
以前、少し調子が良い時に友人とランチに出かけたことがありました。
私は私なりに身支度を整えて行ったけれど、友人の美しく手入れされた髪とか、洗練された身なりとか、綺麗に塗られた爪……身なりだけではなく、てきぱきと気を遣ってくれ、会話を盛り上げ…そんな彼女の様子に途中から気後れしてしまったことを覚えています。
友人は「変わってないね」と言ってくれたけれど、その時の私は友人の目にはどう映っていたのだろう…と、後になって酷く落ち込みました。
健常者の放つ、「オーラ」のようなものにあてられてしまった気がしました。
身なりをきちんとする…というのは他人の目がなければしないものなのだな…と私はうつになってから気付きました。
勿論、家でひとりで居ても、小奇麗に身支度を整えて過ごしている人は沢山居るでしょう。
けれども私は「他人の目」が無ければ自分の手入れをしないのだということに気付きました。
病気の所為もあるのでしょうが、全てが今はただただ億劫です。
また以前のように、自分の手入れをきちんとする日が来るのでしょうか。
それさえも不安で判らない今日この頃です。
いつ買ったか判らないニットのバッグがクローゼットから出てきてさすがに焦った。

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湿気が身体にまとわりついてくるような不快なこの季節は、うつに拍車をかけます。
かといって、早く梅雨明けして夏になれ…と言う訳ではないのですが。(夏大嫌い)
これからの季節は、しばらく自分の調子との戦いになります。
ところで「冬季うつ」と言う言葉は良く聞くけれど、「夏季うつ」っていうのもあるんですね。調べて初めて知りました。
それなら私は間違いなく「夏季うつ」です。
冬はどちらかと言えば調子が上がるのですが、夏になると恐ろしく調子が下降します。
「夏季うつ」は「夏バテ」と間違えられやすいようです。
私の場合、両方の相乗効果の様な気がしますけれども…。
さて、友人から久々にLINEが来て、「会えないか」と言われたのですが。
現在の私はとても、健常な人と会話を楽しめる状態ではありません。
億劫感が酷く、悪化してしまった不安神経症に悩まされ、ソラナックスを増薬されてしまいました。
それでも毎日午後になると言い知れぬ不安感に襲われ、ひとり戦っているのです。
取りあえずはダンナの検査結果が出るまでは何をしてもネガティブの海から浮かび上がって来ることは出来ないようです。
友人には軽く近況を伝え、今は無理なので涼しくなってから会おうということで落ち着きました。
会話が終り、ホッとする私です。
こうして忘れずに連絡をくれる…私との糸を絶たないでいてくれる存在が居ることは本当に有難いものです。感謝すべきなのに、今の私はLINEの返信をすることさえ億劫でたまりません。他人に会うために身支度して出かけるなど、心療内科に行くのも億劫な今の私にはハードルが高すぎます。
うつになり、家に引きこもるようになって丸3年が経ちました。
毎日言葉を交わすのは、ダンナか、マンションの管理人さんのみ。
なので身なりなんかも構わなくなりました。
どこに行くにもすっぴんは勿論、着ている洋服も毎日色褪せたTシャツ。
髪にもブラシを入れず、コンタクトレンズは消毒液の中で腐っています。
他人と会うとなると、格好にも気をつけないとならないので洋服を選ばなければならないし、化粧もしなくてはならない(心療内科に行く時だけは渋々化粧していますが、ほんとにもう、眉の書き方とか忘れてしまいました)、つまり「よそゆきの自分」に着替えなければいけない訳です。
考えただけで億劫で倒れそうになります。
そして多分、その億劫さの裏には、今の自分に自信が無く、友人に見られたくない気持ちがあるのだと思います。
毎日きちんと仕事をこなし、社会の一部に属して規則正しい生活を送っている友人に比べて、こっちは完璧にアウトロー。
小汚い格好をして、何ひとつ満足にこなせず、毎日毎日だらだらと不毛な日々を送っている私は、きっと仕事をしていた頃に比べて酷く変貌してしまっていると思うのです。(薬で太ったし…)
そんな姿を人前に晒す勇気が無いのかもしれません。
以前、少し調子が良い時に友人とランチに出かけたことがありました。
私は私なりに身支度を整えて行ったけれど、友人の美しく手入れされた髪とか、洗練された身なりとか、綺麗に塗られた爪……身なりだけではなく、てきぱきと気を遣ってくれ、会話を盛り上げ…そんな彼女の様子に途中から気後れしてしまったことを覚えています。
友人は「変わってないね」と言ってくれたけれど、その時の私は友人の目にはどう映っていたのだろう…と、後になって酷く落ち込みました。
健常者の放つ、「オーラ」のようなものにあてられてしまった気がしました。
身なりをきちんとする…というのは他人の目がなければしないものなのだな…と私はうつになってから気付きました。
勿論、家でひとりで居ても、小奇麗に身支度を整えて過ごしている人は沢山居るでしょう。
けれども私は「他人の目」が無ければ自分の手入れをしないのだということに気付きました。
病気の所為もあるのでしょうが、全てが今はただただ億劫です。
また以前のように、自分の手入れをきちんとする日が来るのでしょうか。
それさえも不安で判らない今日この頃です。
いつ買ったか判らないニットのバッグがクローゼットから出てきてさすがに焦った。

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プチ「買い物依存症」の今日この頃
2016/07/09
最近、「買い物依存症」に陥ってる気がする。
貧乏なので、せいぜいTシャツだとか、ポーチだとか、激安のサンダルだとかで、そう高価なものは買えないのだけれども、塵も積もれば山となる。
家に居ると不安で押しつぶされそうになるので、最近は街をうろうろすることが多い。
銀行に行くとか、買うものがあるとかいう用事が無ければ外出しないので(化粧するのもめんどくさいし。さすがにもう、季節的にすっぴんマスク攻撃は無理があるだろう)いざ出かけると、今度は家に帰るのが億劫になってしまうのだ。
悪いことに、街はセール真っ盛り。
タイムセールを連呼してたりするお店があると、ふらふらと近寄ってしまう。
かわいいな、欲しいな…と思う物があっても大抵は手が出ないのだが、手が出る範囲の物が一度気になってしまうと物欲を抑えられない。
ぐだぐだといじくり回した挙句、あきらめて一旦はその場を去るのだが、帰宅してからやはりどうしても欲しくなり、「売れちゃうんじゃないか」という不安感に押し潰されそうになる。
それで、再び身支度を整えて慌てて買いに出掛けたりするのだ。
こういう時は億劫じゃないから不思議だ。
もうこれは異常なんじゃないだろうか。
そのくせ、買ってしまうと急に興味が褪せる。
梱包されたままの状態で部屋の隅に放っておいたりするのだ。
ネットでもそうだ。
今までは、あれこれ見るだけで楽しくて「買い物かご」に入れて買ったつもりになるという、つましい遊びで満足していたのに、今は気が付くとポチしている。
ポチした途端、もうどうでも良くなるのだ。
私は昔からつまらない雑貨だとか、かばんだとか、そういうちまちましたものが大好きで、今は仕事もしてないので持っていく所もないと言うのにすぐ目が行ってしまう。
好みというものはいつでも変わることが無いので、同じようなものがクローゼットの中にうず高く積まれている状態だ。
買う前に、似たようなもの持ってたかとか、考えないんだよなあ、これが。
欲しい!と思うともう止まらない。
今は色々入用なので、そう無駄遣いは出来ないが、自分の誕生日だった日なんか、狂ったように「しまむら」で買い物していた(笑)どこに着て行くんだよ、全く。
「買い物依存症」についてネットで調べていたらこんな一文があった(以下抜粋)
『買い物依存症の人は、買い物をするという行為自体に気分の高揚を覚え、嫌なことがあったとしてもそれを忘れることが出来ます。そのため、次第に欲しいものがあるから買い物をするのではなく、何かを買うということ自体が目的になり、自制することが出来なくなってしまうのです』
……まさにこれじゃないか、私!
きっと今、ダンナのことで色々不安なことが多くて、脳がそれについて考えることを拒否してるんだと思う。逃避で「買い物」に走ってるんじゃないだろうか。
「買い物」をしてる間は、それに集中するので不安感、恐怖感から逃れられる。
つまりは「本当に欲しい」から買いたいのではなくて、「何か買いたい」から買ってる気がしてならない。
幸い、私はブランドだのジュエリーだのには全く興味が無く、「安物買いの銭失い」の傾向があるので、今のところそう被害額(!)は多くないのだが、本当にほどほどにしなければ。
何だか自分が怖い今日この頃である。
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貧乏なので、せいぜいTシャツだとか、ポーチだとか、激安のサンダルだとかで、そう高価なものは買えないのだけれども、塵も積もれば山となる。
家に居ると不安で押しつぶされそうになるので、最近は街をうろうろすることが多い。
銀行に行くとか、買うものがあるとかいう用事が無ければ外出しないので(化粧するのもめんどくさいし。さすがにもう、季節的にすっぴんマスク攻撃は無理があるだろう)いざ出かけると、今度は家に帰るのが億劫になってしまうのだ。
悪いことに、街はセール真っ盛り。
タイムセールを連呼してたりするお店があると、ふらふらと近寄ってしまう。
かわいいな、欲しいな…と思う物があっても大抵は手が出ないのだが、手が出る範囲の物が一度気になってしまうと物欲を抑えられない。
ぐだぐだといじくり回した挙句、あきらめて一旦はその場を去るのだが、帰宅してからやはりどうしても欲しくなり、「売れちゃうんじゃないか」という不安感に押し潰されそうになる。
それで、再び身支度を整えて慌てて買いに出掛けたりするのだ。
こういう時は億劫じゃないから不思議だ。
もうこれは異常なんじゃないだろうか。
そのくせ、買ってしまうと急に興味が褪せる。
梱包されたままの状態で部屋の隅に放っておいたりするのだ。
ネットでもそうだ。
今までは、あれこれ見るだけで楽しくて「買い物かご」に入れて買ったつもりになるという、つましい遊びで満足していたのに、今は気が付くとポチしている。
ポチした途端、もうどうでも良くなるのだ。
私は昔からつまらない雑貨だとか、かばんだとか、そういうちまちましたものが大好きで、今は仕事もしてないので持っていく所もないと言うのにすぐ目が行ってしまう。
好みというものはいつでも変わることが無いので、同じようなものがクローゼットの中にうず高く積まれている状態だ。
買う前に、似たようなもの持ってたかとか、考えないんだよなあ、これが。
欲しい!と思うともう止まらない。
今は色々入用なので、そう無駄遣いは出来ないが、自分の誕生日だった日なんか、狂ったように「しまむら」で買い物していた(笑)どこに着て行くんだよ、全く。
「買い物依存症」についてネットで調べていたらこんな一文があった(以下抜粋)
『買い物依存症の人は、買い物をするという行為自体に気分の高揚を覚え、嫌なことがあったとしてもそれを忘れることが出来ます。そのため、次第に欲しいものがあるから買い物をするのではなく、何かを買うということ自体が目的になり、自制することが出来なくなってしまうのです』
……まさにこれじゃないか、私!
きっと今、ダンナのことで色々不安なことが多くて、脳がそれについて考えることを拒否してるんだと思う。逃避で「買い物」に走ってるんじゃないだろうか。
「買い物」をしてる間は、それに集中するので不安感、恐怖感から逃れられる。
つまりは「本当に欲しい」から買いたいのではなくて、「何か買いたい」から買ってる気がしてならない。
幸い、私はブランドだのジュエリーだのには全く興味が無く、「安物買いの銭失い」の傾向があるので、今のところそう被害額(!)は多くないのだが、本当にほどほどにしなければ。
何だか自分が怖い今日この頃である。
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私なんか、いなくなれ。
2016/07/03
ダンナの手術の時に体重を測ったら、4月の健康診断からなんと8キロ近くも痩せていた。
私はぶくぶく太っていると言うのに。
今は手術も終わり、組織検査の結果を待っているのだが、もうそれだけで嫌な予感しかしない。
もしかしてもうあちこち転移してて進行がんなんじゃないかとか。
こういう時は嫌な方向に考えるのは自慢じゃないが大得意だ。
ふたりの会話がぎこちなくなっている。
大腸ポリープや大腸がんが出来る原因を調べてみた。
主治医に「ネットで調べるの禁止」と言われたが、もう知ったこっちゃない。
するとやっぱり過度の喫煙、飲酒。
そして野菜などの繊維質の少ない、肉食中心の食事、とあった。
私のせいだ、と瞬時に思う。
ダンナは飲酒はしないが喫煙はするけれど、どう考えても食事のせいだ。
仕事もしてなくてうちで毎日ダラダラしている私は、満足に家事も出来ない。
料理ももうどのくらいしていないだろう。
満足なものを彼に食べさせていない。
ダンナにはいつも出来合いのお弁当で、彼は我慢も言わずにそれを毎日食べている。
肉が好きなので豚生姜焼き弁当とか、肉食中心になっていた。
自分はサラダのみを食べていると言うのに。
私が彼の身体のことを考えてきちんと料理して、バランス良く食べさせていたらこうはならなかったのかもしれない。
あまりの自己嫌悪で手が震える。
毎日毎日うつだからと病気のせいにして、ダラダラ非生産的な毎日を送っている私。
生きてる価値なんか無い。
私なんか、いなくなれ。
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私はぶくぶく太っていると言うのに。
今は手術も終わり、組織検査の結果を待っているのだが、もうそれだけで嫌な予感しかしない。
もしかしてもうあちこち転移してて進行がんなんじゃないかとか。
こういう時は嫌な方向に考えるのは自慢じゃないが大得意だ。
ふたりの会話がぎこちなくなっている。
大腸ポリープや大腸がんが出来る原因を調べてみた。
主治医に「ネットで調べるの禁止」と言われたが、もう知ったこっちゃない。
するとやっぱり過度の喫煙、飲酒。
そして野菜などの繊維質の少ない、肉食中心の食事、とあった。
私のせいだ、と瞬時に思う。
ダンナは飲酒はしないが喫煙はするけれど、どう考えても食事のせいだ。
仕事もしてなくてうちで毎日ダラダラしている私は、満足に家事も出来ない。
料理ももうどのくらいしていないだろう。
満足なものを彼に食べさせていない。
ダンナにはいつも出来合いのお弁当で、彼は我慢も言わずにそれを毎日食べている。
肉が好きなので豚生姜焼き弁当とか、肉食中心になっていた。
自分はサラダのみを食べていると言うのに。
私が彼の身体のことを考えてきちんと料理して、バランス良く食べさせていたらこうはならなかったのかもしれない。
あまりの自己嫌悪で手が震える。
毎日毎日うつだからと病気のせいにして、ダラダラ非生産的な毎日を送っている私。
生きてる価値なんか無い。
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孤独感に泣いてしまう
2016/07/02
ダンナの大腸ポリープ手術も無事終わり、(診てみたらポリープは一個ではなくもうひとつあったと言う・・・)無事退院してきた。
あとは採ったものがガンかそうでないかの結果待ちである。
なんと二週間かかると言う。長い…。
何度も病院に足を運び、色々な待ち時間の間落ち着かずにデパスを飲み、夜は帰ってきてダンナのいない家でちいももの相手をして眠る…たった一泊の入院だったが、家族の入退院って結構負担になるものなのだなと実感。
長い闘病生活をしている家族を持つ方々の苦労を思うと居たたまれない。
何だか疲れてしまった。
取りあえず、ここのところ畳みかけるように予定が詰まっていたのだが、これで取りあえず一段落。
最近、訳もない孤独感が強くて困っている。
それは朝起きた瞬間からもう脳の中を占めていて、何とも言えない虚脱感とともにベッドから身を引きはがす。
これから自分はどうなるんだろうか。
自分はこれからもこんな無意味な生活を送って年を取って行くのだろうか。
もう以前のようには動けないのだろうか。
そういった不安が孤独感を連れてくる。
何だかこの世でたったひとり。
そんな気分で不意に悲しくなって泣いてしまう。
涙が溢れて止まらなくなる時もある。
両親といても、ダンナといても友人とメールを交わしていても、会話をしながらふと孤独感に苦しめられる時がある。
昼間、長いひとりの時間を持て余していて、孤独感が増すばかり。
けれどもダンナが帰宅してもその孤独感は変わることがない。
ひとりでいても誰かといても結局は孤独なのだ。
誰かに自分のことを判って欲しいとか、そういう類のものではない。
ただ、孤独で虚無でたまらない。
どうしてこんなふうになってしまったんだろう。
私は何をやってるんだろう。
毎日毎日同じことを自問自答している。
この孤独感はどうすれば無くなるんだろう。
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あとは採ったものがガンかそうでないかの結果待ちである。
なんと二週間かかると言う。長い…。
何度も病院に足を運び、色々な待ち時間の間落ち着かずにデパスを飲み、夜は帰ってきてダンナのいない家でちいももの相手をして眠る…たった一泊の入院だったが、家族の入退院って結構負担になるものなのだなと実感。
長い闘病生活をしている家族を持つ方々の苦労を思うと居たたまれない。
何だか疲れてしまった。
取りあえず、ここのところ畳みかけるように予定が詰まっていたのだが、これで取りあえず一段落。
最近、訳もない孤独感が強くて困っている。
それは朝起きた瞬間からもう脳の中を占めていて、何とも言えない虚脱感とともにベッドから身を引きはがす。
これから自分はどうなるんだろうか。
自分はこれからもこんな無意味な生活を送って年を取って行くのだろうか。
もう以前のようには動けないのだろうか。
そういった不安が孤独感を連れてくる。
何だかこの世でたったひとり。
そんな気分で不意に悲しくなって泣いてしまう。
涙が溢れて止まらなくなる時もある。
両親といても、ダンナといても友人とメールを交わしていても、会話をしながらふと孤独感に苦しめられる時がある。
昼間、長いひとりの時間を持て余していて、孤独感が増すばかり。
けれどもダンナが帰宅してもその孤独感は変わることがない。
ひとりでいても誰かといても結局は孤独なのだ。
誰かに自分のことを判って欲しいとか、そういう類のものではない。
ただ、孤独で虚無でたまらない。
どうしてこんなふうになってしまったんだろう。
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